ライフストレス研究所だより

長年の経験を活かしてライフストレスケアという次世代の人間学を紹介しています。

モードの切り替え

●個体操作モード

�@ 客観的な環境(物質世界)の中に「自分」という身体をもった個体がいて動いている。他者も同じ客観的世界を共有してその中で別の身体をもった個体として動いている。

�A 自然環境、さらには社会環境中で、経験則、法則規範(ルール)を前提にして他者と関わりながら自分の目的を達成する。主体性はもっぱら自分の言動によって物や人を動かしていく操作性に重点がおかれる。

�B この場合の「心」とは相手の言動・表情・姿勢・態度などから推測した、行動の背後にあると想定されるもので、自分の次の言動に対する反応を予想したり、今後の関わりを計画することに役立てる。

�C 自分の「心」とは自分の行動の背後にあるとされるもので、他者から自分の「心」がどう見られているかを取り込んで形成されており、自分で見つめなおす(内観・内省)することで修正して今後の行動化につなげている。

�D このモードの利点は、複雑な社会生活のなかで、時間どおりにスケジュール管理をして、関係する他者が多い中で、規範、契約、法則、手段も検討しながら、他者の動きも踏まえて、個人としての役割を果たすことが可能になる。

�E 三次元的な空間、過去から未来へと流れる時間、個人がしっかりと独立して動いている、共有される物質世界、規範、知識、文化、常識等々。つまり、個人が自由に動きやすいように、ほかの要因を固定した姿である。

�F 科学技術とこのモードは相性がよいので、この客観世界は便利で快適なものへと変化させていくことが可能になった。

弱点の検討

�@ 固定した客観世界と個人を分離していたために、個人の活動が影響を及ぼしていることが見えにくくなる。たとえば、自然環境の破壊、身体への影響としての生活習慣病など。

�A あくまで個人が操作して生活を切り開いているという前提になるので、努力したのに物事がうまくいかずに失敗するとか、他者の心をよんで信頼していたのに思いもよらぬ反応を返された場合などに、大きな精神的ショックをうけて、それが身体的なストレスになる。固定したものどおしの激突のショック)

�B 人間は集団的防衛、集団的競争・発展という傾向性を生得的に有しているが、それが成立するためには、集団の内部において同調していることが必要だ。そうであれば、ストレス耐性が高まり、健康も増進され、全体としての競争力も高まる。しかし、個体操作モードを徹底していくと、他者との同調性が低下していく。

�C つまり、時間管理が必要で、関係者が多く複雑で、規範・契約などが前提にあって、特定の成果が求められている状況下で、個体操作モードはいかに動けばよいかを教えてくれるが、そのなかで、集団としての同調性が崩れて、他者が仲間とは認識できなくなってストレスが増大する。

�D さらには、ミス、失敗、事故や人間関係のすれ違いがあったとき、個人の責任として引き受けるか、他者や環境を理由にするかは別にして、いずれにしても、身体的ショックをともなう大きなストレスを自覚する。

�E 過去から未来へと流れる時間を前提にして、現在が未来の準備として扱われる場合がある。そうなると、今を楽しめないという弱点も出てくる。あるいは日々の実践がそのまま人生の成果だという考え方がとれず積み重なっていく時間ではなく、消え続けていく時間のなかにある。(その場合の過去は後悔や準備の材料とされるだけ)

�F 他者との温かい人間関係を考えた場合には、このモードは弱点が多い。なぜなら、他者は自分とは異なった世界・物語を見ているから言動が自分とは異なっている側面があるのに、このモードでは客観的世界を同じものとして共有しているとしたので、いくら価値観・信念が異なるといっても、自分ならやるはずもないことを相手が行ったときに相手の心の想定がゆがんで悪意にとってしまうことがおきる。逆に自分が善意で行ったことも、相手に通じないという問題が頻出してストレスになっている。

�G ライフは生命・生活・人生という層をもっているが、個体操作モードは、どうしても個体を強く自覚するので、個体に降りかかってくる問題の解決として、生命についても病気の治療という側面や健康によいことをするというアプローチになる。(暮らし方・考え方を見直すということにはなりにくい)

�H 人生という階層のことは、個体からの視点が強く、有名になること、経済的に成功すること、豊かな暮らしをすること、目標を達成することについて具体性のあることが上がってくるが、どういう人間になりたいとか、この世界に何を残したいとかの視点が薄い。さらには、それらの願望が叶えられないときに、つまり生活の苦しさが人生までを否定するような傾向になる。