ライフストレス研究所だより

長年の経験を活かしてライフストレスケアという次世代の人間学を紹介しています。

感情と理性の調和への支援

人間が生得的に有している「自己保存(自立・利己的)」「集団保存(協調・利他的)」の二つの傾向が出来事にうまく適用できていないことが人間関係の諸問題を起こしていると書いた。

この生得的な傾向は「感情」と「身体の反応」として表出されるので、冷静で合理的な判断を「感情」が狂わせていると言ってもよい。

人間が感情的になっているときには、表情、態度、姿勢、声の調子などに現れている。

それをみた相手には同様の表情や態度が引き出され、それによって同じ感情を味わう傾向があるとされている。集団における感情の伝播が起きるゆえんである。

自分は相手のことを思って正しいことを言っているかもしれないが、そのときの自分の表情や態度、言葉の選び方や声の調子はどうだろうか。

相手は話している「内容」ではなくて、こちらの感情つまり表情、姿勢、声の調子などに反応して同じように感情的になっていく。

過剰なストレスが人間関係のトラブルを生み出すのは、現状認識がゆがむこと、感情の制御ができなくなること、それに基づいた行動化が起きてしまうせいだ。

しかし、それを防ぐために、関わりの中心である自分を整えること、セルフコントロール、ストレスマネジメントが対人関係にも有効であることは確かだ。

ただ、感情が理性的な判断を狂わせるという意味では、むしろ、集団保存的な傾向のなかで生じる「感情」への反応のほうが問題であるように思えている。

たとえば、相手の方がトラブルや苦しみについて話してくるときに、冷静に話してくれれば、その緊急性、重要度、対応可能性など慎重に判断できるのだが、小さなことでも本人にとっては大変な驚きと恐怖があるとすると、その感情のほうにこちらが反応してしまうのだ。

だから、災害などの緊急場面での搬送、治療の優先順位などは医師が冷静に段階付けをするのであって、相手の訴えや感情に反応していると助けられる人まで失ってしまうかもしれない。

同様に、家庭問題でも、仕事上の問題でも、人生上のことでも、自分や相手が感情的になっているとうまく対処できない。感情は人生を豊かにするものではあるが、ひとつの弱点にもなってくる。

他者の苦しみに共感する、自分のことのように痛みや喜びを感じるという傾向は、集団で生きていた人間の利他性であり、仲間で一緒に問題を乗り切るときの結束力にもなるだろう。

しかし、それがさらに問題を複雑化して、解決困難にしていることもあると知らねばならない。

相手の感情に巻き込まれないというテーマは、生得的傾向との闘いでもあるので、訓練を要するし、簡単なことではない。

相手の苦しみや苦痛に共感すると同時に、自分を冷静に保ち、正しく観察してその問題の程度や対策について考えること。

そのうえで、「でも、混乱して苦しんでいるのですよね」「実際には一部分の問題なのに、人生が壊れると思っているのですね」とこちらの内面で整理して、寄り添っていく必要がある。

(言葉にする必要はない。今は、相手の言うことをそのまま受け止めるが、どこかでそれは相手にとってのとらえ方だと知っている)

私が面談などで相談をうける職場の人間関係でも、客観的な事実の問題ではなくて、感情と感情のやりとりである。

表では仕事としての合理的な話でありながら、その裏面では感情のやりとりになっている。

感情と理性の調和への支援というテーマは、メンタルヘルスコンサルタントの重要な役割である。