ライフストレス研究所だより

長年の経験を活かしてライフストレスケアという次世代の人間学を紹介しています。

再構築にむけて

これからの方針として

�@ 自分自身の人生を大切にしていくことが「よい仕事」につながること。

�A 理論を自分の生活の中に落とし込んでいくこと。

�B 逆に目の前の「出来事」(リアル)から理論を紡ぎだしていくこと。

�C そのためには、現実を無視した空想的な「理論」を手放すこと。

�D 「自分」にこだわることをやめて、「関わり」の創造に視点をおくこと。

�E ゴールをおいて直線的な道を作り出すのではなくて、全体をみること。

今の自分はリセットしたように「無策」「むき出し」になっている。

再装備をしていくのだが、よく吟味しよう。

いまの状況は、主体性の低下によるエネルギーの低下であり、目標の喪失、「わずらわしさ」の感覚が強くなっている。「停滞感」

停滞期は、言葉をかえれば「移行期」にむけての破壊のあと。

これまでの関係性の総体が崩れて、とほうにくれている。

だから、元に戻ろうとしてもうまくいかない。

もとにもどろうと執着するから、瓦礫をよせたり積み重ねたりして「停滞」する。

心情的には「壁」のように見えるかもしれないが、なにか抵抗物があるのではない。

自分が動けなくなっているだけだ。

だから、過去の余波、余剰エネルギーで稼働しても、すぐにとまってしまう。

また、周囲は、私のこの変化にきづくはずもなく、従来の関係性で接触してくる。

それに応じてエネルギーを放電してしまうと、新しい自分にはなれない。

しかし、周囲をうごかし、巻き込むだけの「新しい自分」もできていない。

新しい関係性が創出されていない。

とけたさなぎの中身のようなものだ。何もない。ただ、可能性はあるのだろうが。

こうしたなかで、新しい自分、新しい相手、新しい関わりを創造すること。

そうしないと、これまでつくったものが、ただ崩れていくだけだ。

その遺産があるうちに、新しいものを作り出さないと。

その変化の力は、自分の中にはない。中だと思っているものにはない。

しかし、自分の外だと思っているもの全体が本当は自分の中であるのだから。

むしろ、自分の中だと思っているものは、中身を外から見ているに過ぎないのだから。

新しい自分は出来事と出会いである。

では、それがなぜ動き出さないのか。

それは中だと思っている「外」がしばりつけて、「これが自分だ」といって

締め付けているからだ。

それを解きはなつこと。

つまり、「考えない」こと。

考えではなくて、体験すること。

考えるたびに、新しい自分は粘着するような思考の糸にからめられている。

だから、〇〇をすべきだという声は無視しよう。

この文章の冒頭に書いたようなことだ。

こうして、まずは、書いていること。それでいい。

書いたものを読んでいる。それでいい。

すべてにOKを出していく。

それでいい。